秋の気配が日に日に強くなってきました。それに伴い、秋の夜長に鳴く虫の声も目立つようになってきました。今回は、この秋の夜長に鳴くイメージの強い、コオロギ類やスズムシ等、鳴くバッタ類についてとりあげてみたいと思います。
コオロギ類やスズムシ等の鳴くバッタ類は、詳しくは昆虫綱(こう)バッタ目(もく)という仲間に含まれ、コオロギ類はコオロギ科、キリギリス類はキリギリス科、スズムシはマツムシ科等に分類されます。バッタ類というと、近づくと飛び跳ねながらキチキチという音を出して逃げるというイメージがあるかと思います。しかし、バッタ類の中ではこういった飛び跳ねることが得意なバッタ類のほかに、鳴くことが得意なバッタ類がいて、先に書いたコオロギ科、キリギリス科、マツムシ科等の仲間が含まれます。基本的に鳴くのはオスのみで、これらは翅(はね)を巧みに使い、その種にしか出せない特有の音を出します。
バッタ類の中で跳ねることが得意な種類として代表的な種類はトノサマバッタやショウリョウバッタ等のバッタ科に属する種類で、これらは鳴きません。
トノサマバッタは都市河川周辺の乾燥した裸地にも普通に生息しています。
ショウリョウバッタは逃げる時にオスがキチキチと音を出しますが、求愛のためには鳴きません。
一方、鳴くことが得意なバッタ類として、コオロギ科やキリギリス科等の仲間が挙げられます。これらは早いものでは関東で4月から出現する種類があり、夏から秋にかけて多くの種類が入れ替わり出現します。
もちろん、例外として鳴かない種類もありますが、一般的には鳴く虫が鳴くのは求愛のためや、自分の位置を知らせるためと言われています。また、他個体や他種との競合のためにも鳴く意味があるようです。
ここから季節の推移の順に、調査業務のなかで確認される鳴くバッタの仲間を紹介していきます。
春の調査が始まる前の4月下旬から5月上旬、背丈の低いイネ科の草本から「ジーーー」という声が聞こえてきます。越冬していたクビキリギスやシブイロカヤキリが鳴き始め、春の訪れを感じさせます。
クビキリギスは夜間に「ジーーー」という甲高い連続音で鳴きます。頭部の先が尖り、口が赤く、肢が長ければクビキリギスです。
シブイロカヤキリも夜間に「ジーーー」と鳴きますが、前種より低い連続音です。頭部の先が丸く、後ろ足が極端に短ければシブイロカヤキリです。
ゴールデンウイーク後は、初夏の兆しがみられる時期に、成虫になったヤブキリやケラが鳴き始めます。
ヤブキリは木の上で「ズリーーーー」と鳴きます。前脚のスネの内側にトゲがあり、このトゲで餌となる小昆虫を確実に抑え込み捕食します。キリギリス類等については、肉食か草食かはこのトゲの有無で判断できます。
ケラは湿地、水田、畔等の地上で初夏から秋にかけて「ビーーー」という連続音で鳴きます。街中の集水桝やU字溝の中で鳴いている個体も散見されます。主に湿った地中で生活するため、土を掘るための前脚が強力であったり、水をはじいたりする機能を持っていたりします。
夏には縁日でよく売っているスズムシやヒガシキリギリスが登場します。また、夏も中盤に差し掛かったころから、いろいろな場所で鳴く虫の種類も増えていきます。
カヤキリは大河川の高水敷や海浜草本群落で夜間に「ジーーーーー」と単調な強い音で鳴きます。強大な顎を持っていて、同種でよく喧嘩をするため、数が多い場所では喧嘩傷を負った個体が多く見られます。カヤキリに指を噛まれると流血します。
カヤキリは大河川の高水敷や海浜草本群落で夜間に「ジーーーーー」と単調な強い音で鳴きます。強大な顎を持っていて、同種でよく喧嘩をするため、数が多い場所では喧嘩傷を負った個体が多く見られます。カヤキリに指を噛まれると流血します。
カンタンは林縁や草地等に生育するクズ群落に棲み、夕方から夜間にかけて「ルルルルルル・・・」という早いテンポの美声で鳴きます。自分の鳴き声を効率よく反響させるために、広い葉の虫食い部分等に頭胸部を突っ込み鳴く習性があります。
カンタンは環境省によると外来種とされていますが、日本直翅類学会によると外来種ではないということで、両者の意見が分かれています。
なお、学会が出版している図鑑には「著しい学名の混乱があった。」と記載されています。
エンマコオロギの仲間も晩夏から鳴き声を聞くようになってきます。エンマコオロギの仲間には住む場所が異なる数種類があり、顔の模様や体色などによって区別します。いずれも「コロコロリー・・・」に近い音で鳴きます。エンマコオロギは街中でも馴染みのある種類で、晩秋まで鳴いています。
クツワムシは夜間、林床の広い葉上で「ガチャガチャ・・・」とかなり大きな音で鳴いています。晩夏に鳴くバッタの仲間の代表格であるクツワムシも関東地方ではかなり減っている種類です。九州や八丈島にはタイワンクツワムシという別の種類がいて、クツワムシよりも鳴きかたが下手で、テンポ悪く「ガチャガチ・ガチャ」とかすれた音で鳴きます。
アオマツムシは樹上で「リーーーリーーー」と大きな声で鳴き、合唱性もあります。夏の早い時期には夜間に鳴き、晩秋になると昼間にも鳴きます。もともとは日本にいなかった外来種で、明治時代にサクラの苗木とともに卵の状態で中国から国内に移入したという経緯があるようです。
晩夏に樹上で鳴く虫が日本にはいなかったため、競合種がおらず爆発的に増えてしまいました。
そして、晩秋にさしかかってきますと、鳴く虫の種類も数も少なくなってきます。
マツムシは草地の根元付近で「チン・チロリ」と鳴きます。また、1個体が鳴き始めると、多くの個体が鳴き始める合唱性もあります。
関東では生息地が減っていますが、先日、千葉県の調査に赴いた時に多くの鳴き声を聞くことができました。台風の影響もあったようですが、しっかりと耐えていたようです。
例外として鳴かないバッタ類もいます。
ウスモンウミコオロギは翅がないため、鳴くことはできません。夜行性で、名前のとおり潮汐の影響がある環境に好んで生息しています(別名ウスモンナギサスズ)。生息環境が限られているため、関東地方ではかなり稀な種と思います。
カネタタキは夜間に「チン・チン・チン」と断続的に鳴きます。適応力のある種類で都心部の植栽や垣根にも生息しています。帰宅時、会社を出て駅まで歩く間にも鳴き声を聞くことができます。また、海岸付近では本種とよく似たイソカネタタキという別種がいて、こちらは「チリッ・チリッ・チリッ・」と鳴き、「リ」は小さく発音します。
バッタ類同士が生息環境や出現時期の違い等で棲み分けをしていたり、気温、時期、行動等により鳴き声が変わること等、バッタ類の生態的特性については興味深いことがたくさんあります。また、近年ではDNA解析などを取り入れた新しい手法による分類がなされてきたことや、研究の立ち遅れていた種群についても生態が解明されてきており、バッタ類から今後も学ぶことはたくさんありそうです。
バッタ類の鳴き声は気持ちを穏やかにしてくれます。エンマコオロギやカネタタキなど、身近に生息する種類も多くあります。季節感が薄れている生活のなかで、こういったバッタ類の鳴き声や存在を感じながら過ごすのもよいかと思います。
※文章中の科名や種名については、河川水辺の国勢調査 生物リストに準じて表記しています。